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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)2135号 判決 1972年11月14日

理由

原告らはその主張1のとおり前所有者田中章介からそれぞれ本件各土地を買い受けてその旨の所有権移転登記手続を了したものであること、本件各土地には、いずれも同2のとおり、右田中が昭和二九年五月一七日に成立した訴外会社の貸金債権を担保するため抵当権を設定した旨の登記および右抵当債務の不履行を停止条件とする賃借権設定請求権仮登記ならびに被告が右貸金債権を譲り受けて右抵当権者となりかつ右停止条件付賃借権の移転をも受けた旨の各付記登記が存在することは当事者間に争いがない。

ところで、右抵当権の被担保債権ないし右賃借権の設定に付されている条件の内容をなす債権債務関係が被告主張のとおり昭和二九年五月一七日訴外会社の田中に対する貸金により成立したものとすれば、右債権は訴外会社の商行為により生じた債権であるから同日から五年である昭和三四年五月一七日の経過と同時に時効により消滅したものである。

被告は、原告らは抵当不動産の第三取得者に過ぎないから訴外会社の右債権の消滅時効を援用する資格を有しない旨主張するが、抵当不動産の第三取得者は、本来債権者と直接の契約当事者の関係にあるわけではないにしても、代価弁済(民法第三七七条)や滌除(同法第三七八条以下)により抵当権者と直接の法律関係に立つことがあるばかりか、抵当権の実行により目的物件の所有権を喪失する脅威にさらされているわけであるから、抵当権者とは相対立する法律上の利害関係を有するものであり、したがつて、当該物件についての抵当権の負担を免れるため民法第一四五条にいう当事者として被担保債権の消滅時効を援用することが許されるものと解するのが相当である。このように解しても、抵当不動産の第三取得者が被担保債権の時効を援用した場合に本来の債務者が時効を援用するか又は債務を承認したり時効利益を放棄するかについて有する自由を奪うものではなく、関係当事者ごとに相対的に援用の効果を認めれば足りるわけであるから不合理は生じない。のみならず、原告らは、本件各土地について前記のとおり存在する停止条件付賃借権の仮登記が有効であることを仮定的にもせよ認めることを前提として、条件の内容をなす債権債務関係について消滅時効を援用することも亦許されるべきである。けだし、原告らは、賃貸借契約の直接の当事者ではないが、条件成就によつて取得不動産に対する賃借権の負担が現実化した場合には賃貸借関係を甘受しなければならない立場にある以上、現に右仮登記権利者との間に直接的利害関係があり、右のとおり時効を援用する法律上の利益を有するものと認められるからである。

さらに、被告は、前記貸金の債務者である田中が前記時効期間経過後の昭和三六年三月訴外会社に対し時効の利益を放棄した旨主張するが、時効利益の放棄の効果は相対的であつて、債務者が放棄しても他の者が有する援用権を失わしめるような影響を及ぼすものではないから、右主張は抵当不動産の第三取得者である原告らに対する抗弁としての理由を欠くものであり採用できない。

被告の主張5は、債務者でない第三者がたまたま被告に対し一部弁済をしたことを前提とするに過ぎないものであるから、時効利益の放棄の効果が相対的である理をまつまでもなく、原告らに対する抗弁としてはこれまた主張自体失当である。

そうとすれば、前掲当事者間に争いのない登記のとおり被告が訴外会社から前記貸金債権や停止条件付賃借権を譲り受けることとしたにせよ、これに先きだつて前記貸金債権は時効により消滅し、したがつて、これを担保する前記抵当権も消滅し、前記賃借権は停止条件の不成就が確定したことによりその設定契約が無効に帰したものというべきである。

よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由があるから認容

(裁判官 奥平守男)

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